三ない運動が終わってもバイクに乗れない
1980年代のバイクブームは去り、30年たった三ない運動も2012年の全国高等学校PTA連合会(和歌山県大会)では「三ない運動をやめてマナーアップ運動に転換する」という、事実上の三ない運動終結宣言を出した。
現在では、47都道府県の教育委員会のうち、原則として免許取得を禁止しているのは山形県・愛知県・滋賀県・京都府・広島県の5つの自治体だけで、その他の都道府県は「条件付きで許可」が9つ、「各学校の判断にまかせている」のが12、「特に方針・制限はない」が21となっている。
“なぁんだ、多くの自治体では免許が取れるのか!”と思ったら、これが大間違い。ここにこそ、未だに多くの高校生が免許を取れない、ねじれのようなからくりがある。
全国高等学校PTA連合会が三ない運動の推進をやめたのに、なぜ校則から三ない運動がなくならないのか。それは、三ない運動が学校教育現場に丸投げされてしまったからだ。
1982年に始まってから今日まで38年間、教育委員会(県教委)の指導方針として、あるいは各校の教育方針として、三ない運動を織り込んだ校則や各種規則がつくられてきた。PTA(保護者)は子供を守りたい、学校関係者は生徒に事故を起こしてほしくない、その利害が一致していたから、高校生のバイク事故といった社会問題が収束しても、三ない運動は続いているのだ。
PTAがやめたところで、学校関係者が三ない運動に基づく方針を変えるかと言えば、やめるはずはない。学校関係者は「生徒の事故を減らす。生徒を死なせない」という、三ない運動がもたらしてきた大きな効果を知っているからだ。
事故を起こして欲しくないから今後も三ない運動を利用するということは、決して前向きとは言えないだろう。なぜなら「三ない運動は学校教育ではない」からだ。交通安全教育という観点では「自転車でもバイクでも生徒が必要とする教育を施すように」という指針があり、文科省も明記している。しかし、バイクは危ないから、昔からそうしているからと、何も考えずに「臭いものにフタ」をしている教育委員会や学校がある。こうして、三ない運動は交通安全教育の機会を奪い、若者の権利を奪い続けている。
※写真はイメージです
report&photo●田中淳麿